ドッチボールはみんながハマった遊びですね♪

私は幼稚園児位の時からごむ跳びで遊んでいました。近所に住むお姉さんや友人と一緒に遊んだり、一人でも遊んでいました。小学校に入学してからは、しばらくごむ跳びで遊んではいなかったのですが、小学校5~6年生位の時に流行り始めました。私のクラスだけではなく他のクラスでも流行っており、特に女子には人気がありました。
昔からある跳び方だったり、音楽の授業で習った歌に合わせて自分達で跳び方を決めたりと担任の先生も交えて、どこまで引っ掛からずに跳べるかを競い合いながら皆で休み時間や放課後に楽しく遊んでいたのを覚えています。
親の世代でも知っている遊びのせいか、母親とよく話題にしたり、一緒に遊んだりしていました。
ルールを確認したり、跳び方を教えたりしたとうい記憶は特になく、いつの間にか遊んでいるという感じでしたので、私の回りの友人も親から教えられていたのかもしれません。
同じ時にファミコンやスーパーファミコン等のゲームに夢中になっている子供が多くいる中、今、振り返ってみると何故あんなに楽しかったのか、何故あんなに夢中になったのかは不明ですが良き思い出です。
今の子供達は何が流行っているのかは分かりませんが、もし、自分が幼少期に遊んでいた遊びが流行っていたら嬉しく思います。もしかすると、自分の母親も一緒に遊んでいた時は同じように思っていたのかもしれません。
色んなものが便利になっていく世の中ですが、こういった昭和のものも受け継いで欲しいと思います。

デュエル・マスターズは社会現象にもなりました♪

小学生の頃に初めてカードゲームというものに触れました。それがデュエル・マスターズです。最初は友達にやり方を教えて貰ってカードも雑魚カードを貰ってやっていましたが、途中から自分でカードを買い始めたりもしました。

子供ながらにデッキ構成を色々考えたり、作戦通りにゲームが進むととても楽しかったのを覚えています。しかしながら、裕福な家の子供は沢山カードを買えるため、強いカードを集めることが出来てそこで差が出てしまい、お金持ちの子供が凄い羨ましかったです。自分は貧乏だったのであまりカードも買えず、それでもデッキ構成を考えてやることで何とかやれていました。

新しい強いカードが出る度に友達との差が開き、次第にデュエル・マスターズの熱は冷めていきました。そして時間が経ち、高校生になった私は再びデュエル・マスターズにハマることになりました。

小さい頃と違って弱いカードでも使い道があることを知り、昔の楽しかった記憶が再び蘇ったのです。高校生は基本貧乏だったので私の周りの友達もレアカードばかりを使うパワープレイヤーがおらず、工夫したデッキでとても熱い戦いが出来てとても楽しかったです。その頃はひたすらデュエル・マスターズにのめり込み、学校の昼休み、放課後、電車での通学中など暇な時間があればやっていました。友達とみんなでカードパックを1つずつ買いレアカードが当たるのを祈ってたりしていました。当たった記憶はありませんが。しかし、受験期に伴い、みんな勉強だという感じになり高校生時代のデュエル・マスターズ熱も冷めていきました。

みんなが見てたとっとこハム太郎!!!

幼稚園の頃、ハム太郎が流行っていて、仲のいい友達同士でハム太郎ごっこをしていた思い出があります。また、当時ハム太郎が放送されていた時間帯は習い事があり、いつも祖父が録画をしてくれていたのですが、たまに祖父が忘れてしまうことがあって、その時は祖父を責めつつ大泣きしていました。

小学校に入学した頃もハム太郎が大好きで、ランドセルはハム太郎を買ってもらい、小学校で使う文房具やお道具袋は全てハム太郎なくらい、私はハム太郎が好きで、小学校の頃になると少なくはなりましたが、ハム太郎好きが多かった記憶があります。人気のキャラクターはリボンちゃんで、ハム太郎ごっこの時は誰がどの役をやるかで最初は喧嘩もしていました。

今思うと、不思議だったのがハム太郎ごっこなのに男の子が一人しかいなくて、ハム太郎、リボンちゃん、マフラーちゃん、ちびまるちゃん、トラハムちゃんという謎のキャラクターで遊んでいたことです。大人に近づくに連れてハム太郎を見る機会もなくなり、記憶から薄れていたのですが、最近友達と子供の頃について話していた時、「ハム太郎が好きだった」と話すと「私も」と盛り上がり、ハム太郎はやはり人気だったんだと実感しました。また、私には3つ下の弟がいて二人兄弟なのでよく一緒に遊んでいたのですが、中でもお互い人形遊びが好きで、ハム太郎の指人形を全部集めるために毎日のようにお店に行ってまだ揃っていないキャラクターがいないか探していました。

今は全部捨ててしまいましたが、かなりの数集めた記憶があります。親も協力してくれていたので、今は感謝の気持ちでいっぱいです。

シルバニアファミリーが欲しいと思った思い出話し

シルバニアファミリーというおもちゃがものすごく流行っていました。ウサギやリスやネズミなど、小動物の人形のおもちゃで、さまざまな家や家具もあり、それを集めるというおもちゃです。小動物のキャラクターデザインもとてもかわいく、また、家や家具のデザインも細かいところまでこだわっていて繊細につくられていました。大人になっておもちゃ屋さんで見かけても、おもちゃというよりインテリアのようだと感じることもあるほどです。
ただの人形遊びというには、コレクション性の強い遊びでした。新しいキャラクターが発売されると欲しくなるし、もちろん家具や家も欲しくなります。
学校のクラスの中でも「誰某ちゃんが持っている家がすごい」「テレビでコマーシャルをしているあの新しい家がほしい」など、話題になることがとても多かったので、とにかく人よりすごい家や家具を買ってもらって自慢したい、と躍起になっている子もいるほどでした。
しかし、やはり、家庭環境によっては、シルバニアファミリーのおもちゃを買ってもらえず、遊びの仲間に入れなくなってしまった子もいて、今思えば経済格差が露になってしまうような遊びだったと思います。もちろん、シルバニアファミリーを持っている子の中でも、いい家を持っている子、小さい家の子、家具が充実している子、そうでない子など格差がありました。
よくできた、たのしいおもちゃではあったのですが、それで傷ついた人がいたのかもしれないと思うと、できればはみ出されてしまう子のでない、平和な遊びが流行って欲しかったなあと思ってしまいます。

たまごっちが流行っていた時!

たまごっちが発売された時、それはそれは大行列で、売り切れ続出でした。
何時間並んでも買えなくて、持っている人は、大人気になれる??そんな、大ヒット商品でした。

私がようやく手に入れた頃には、クラスのみんなが持っていて、ようやく私も時代の波に乗れた嬉しさがありました。
みんなたまごっちに夢中で、学校には持ってきては行けない??とお達しがでるほどでした。
でも、学校に来ている間に、ウンチがたまって病気になってしまい、たまごっちがしんでしまうこともしばしばあり、なかなかたまごっちは大きくなりません…
そこで、親に頼んで、ウンチを掃除してもらったり、食事をあげてもらったり、そのうち親が夢中になってしまったり…
でも、親に頼めない子たちは、禁止の中、こっそり学校にたまごっちを持ってきては、休み時間にお世話に精を出していました。でも、みつかる…先生に取り上げられて、結局死ぬ…
先生も、生徒たちに怒りながらも、自身が育ててたり、子供だけではなく、大人たちもみんな夢中になる、まさに社会現象的な感じでした。

最終的に、たまごっちが結婚して終わりですが、必死に何週間も育てた達成感はあるのですが、また育てようという気には、めんどくさくてなかなかならなくて、結局みんな一度結婚するまで育てるとそれで満足して終わってしまうパターンでした。
そうやっていつのまにかブームも終わり、なんとなくたまごっちをさわらなくなり、どこにいったのか今ではわかりませんが、夢中になっていたことは確かです!!

ビックリマンチョコは男子では大ブーム!!!

ビックリマンチョコは、私が小学生の時に発売された、おまけつきお菓子です。

主に男子の間で大流行していました。お菓子のウエハースよりも、おまけのビックリマンシールを集めることがメインになっていました。
確か、天使シールと悪魔シールがあって、天使シールのボスが「スーパーゼウス」で、悪魔シールのボスが「スーパーデビル」だったでしょうか…
その天使と悪魔という世界観を基盤として、多くのキャラクターシールがありました。
キャラクターが進化して、出世魚のように姿や名前が変わっていったりしました。「ヤマト王子」が「ヤマト神帝」に進化する、という感じで、見た目も派手になっていきます。

シール目当てに購入して、中のお菓子を捨ててしまう、という現象が起こったため、社会問題にまで発展していたかと思います。
うちの小学校でも、全校集会や学級会の議題になったことがありました。
保護者向けのプリントも配布され、注意換気が行われていました。
そのビックリマンシールから派生して、アニメ番組も始まりました。
私の記憶にあるだけでも、2、3くらいシリーズがあったかと思います。
まさか、おまけシールのキャラクターで、こんな壮大な話になるとは思いもしませんでしたが…
今もビックリマンチョコがあるかどうかは分かりませんが、似たような感じで「森羅万象チョコ」というのがあるようです。

当時はビックリマンシールばかりが独り歩きしていましたが、メインのお菓子も結構美味しかったんですよ。

だれもが知ってるプリキュア!!!

幼い頃、プリキュアというアニメが流行りました。
プリキュアを知ったきっかけは、母と一緒に買い物に行ったとき、たまたまスーパーでプリキュアのショーがやっていたことです。当時の私はそのかわいさに釘付けになり、それ以来幼稚園を卒業するまでハマり続けました。

友達同士でキャラクターになりきってよく遊んだ記憶があります。キュアホワイトとキュアブラックというキャラクターがいるのですが、よくどちらがキュアブラックをするかどうかで喧嘩しました。その日は喧嘩だけして終わってしまった日もあったはずです。それくらい、当時の私を夢中にさせるものでした。
中にはプリキュアのコスプレを持っている子もおり、その子の家に行くとよくそれを着てプリキュアの必殺技を使う真似をしたのが懐かしいです。衣装を着られるのがとても楽しみで、その子と遊ぶのが待ち遠しかったのを覚えています。
食べ物においても、当時はプリキュアがパッケージにデザインされているものばかり買っていました。カレーやグミ、カード付きのチョコレートなどをよく食べていたように思います。カード付きのグミはファイルが必要になるくらいにコレクションしていました。
その後もアニメはシリーズ化して続いており、現在も放送されています。ネタは尽きることがなく、大人になった今でも面白いと感じるアニメです。今後もプリキュア人気は途絶えることはないでしょう。これからのプリキュアにも期待したいです。