あやとり

 

晴れてる日も雨の日も場所取らずにできるあやとりは、いろんな技ができるので小さい頃は技をできるようにしようといっぱい練習しました。

 

1人あやとりは技を磨くために何回もやり直したりして遊びました。学校や友達と会うときは技の見せ合いや交互にあやとりをやり続かなかった方が罰ゲームなどをして遊びました。私が一番思い出に残っているのは、小さい頃たまに帰ってくる父にあやとりのやり方を教えてもらったのが始まりで、毛糸でホウキの形が出来るとは思いませんでした。出来た時の嬉しさ今でも覚えてるくらい幸せな気持ちでした。

 

早く、友達に見せたくて自分が出来る事を自慢したくてウズウズしてた気持ちもあの頃のように今も思い出せます。スターや東京タワー上級くらいになると出来ると言われた技をやりたくて何回もやって、成功したのはほんのわずかでしたが出来た時はとっても嬉しかったです。

 

友達と2人あやとりをした時に永遠に終わらなくて休み時間も無くなるほどずっと続いていたあの頃は今となっては何が楽しかったのかなと疑問に思うこともあります。大人になってあやとりをやる機会がありやってみたところ、昔出来ていた技が一つも出来なくなっていて昔の自分はあんなにすらすらと出来ていたのにと悔やみました。今となってはあまりあやとりなどやっている子を見たことはありません。

 

現在はゲームなど集中してやってる子が多いと思います。昔遊びのあやとりをして集中力を高めるのも今の現代の子供達には良い方法かなと思います

バトル鉛筆

 

流行ったものは「バトル鉛筆」です!
「バトル鉛筆」とは、「ドラゴンクエスト」のモンスターがモチーフになっており六角形の鉛筆の6面にモンスターと「全員に10のダメージ」等の攻撃が書かれた鉛筆です。

遊び方は全員HP100の状態からスタートします。そして、順番に鉛筆を転がし転がして書かれている攻撃を、転がした人以外がうける、というものです。例えば「全員に10のダメージ」なら100-10=90というように転がした以外の人は全員90になります。そして、HPが0になったら負け、という遊びです。

しかし、攻撃だけでなく回復が出来たり、攻撃力が倍になる鉛筆キャップがありました。(この鉛筆キャップも六角形で各面に攻撃数が書かれています。しかしこの鉛筆キャップは特定の条件でなければ付けられないルールがありました)
更に、当時は大流行し太くて長い(30~40センチ位)最強のモンスターのものやバトル鉛筆を一色しまえる専用のケースもありました。

私の学校では男子がドラコンクエストのバトル鉛筆で遊んでいましたが、従兄弟の学校では休み時間になると男子はドラコンクエスト、女子はドンキーゴングのバトル鉛筆で遊んでいたそうです。
私もドンキーコングのバトル鉛筆を見た事がありましたが、ドラゴンクエストよりキャラクターが少なく(わたしは4、5種類しか見た記憶がありません。)、専用ケースや大きな鉛筆もありませんでした。
只、学校で「授業に集中しない」や「負けたら鉛筆を没収される、というルアーが広まった」事がきっかけで、私の学校ではブームが終わりました…。
ですが、「バトル鉛筆」は小さい頃の思い出の一つです。

習い事が流行っていました

 

住んでいた地域で習い事が流行っていました。
私は当時、水泳・書道・珠算を習い、全てそのスクール内での1級を取得しました。

 

なぜ当時そんなに習い事が流行ったのかは不思議ですが、スクールで他のクラスや学年の友達が出来、
また資格取得に向けて切磋琢磨したのは、振り替えっても良い経験だったなと思います。
学校が終わってからほぼ毎日、何かしらの習い事をしていたことになります。
今思うと地域全体で勉強熱心だったというか、教育が盛んだったのかもしれません。

 

大人になるとなかなか勉強への意欲もわかず、またまとまった時間も取れない等の制約もあるため、
この時に学んでおいたことは、大人になって非常に役立ちました。
例えば珠算の場合、計算が好きという特性を活かし、大学時代に夜間に専門学校に通い、
簿記を取得しました。これは後々経理職に就いた時に非常に有効であり、スキル向上につながりました。

 

またこの時に通った専門学校で、簿記と並行して宅建を学習しており、夏に簿記、冬に宅建に合格し、
仕事の指標や、転職活動時の目安となっており、学習した甲斐があったと実感しています。
水泳については体力向上につながりましたし、書道と珠算については手作業ということもあり、
今でもボケ防止につながっているのではないかなぁ、と思っています。
冷静に考えると習い事は非常にお金がかかるので、当時スクールに通わせてくれた両親には、感謝してもしきれません。

輪郭や髪型、目などを選んで組み合わせる遊び(福笑いのような遊び)

お絵かき帳に顔の輪郭を5種類、目の形を5種類、など顔のパーツを何種類か用意して数字を打ちます。そして友達に用意したパーツは見せずに、輪郭は何番?目は何番?と選んでもらって、選ばれたパーツを組み合わせて顔を描く、という遊びです。
絵が得意な女の子が描くことが多かったですが、選ぶのは誰でもできたのでみんなで遊びました。出来上がった顔がとても美人に出来たり、変な顔になったりして面白かったです。可愛く仕上がるキラキラセットや、担任の先生に似せた●●先生セットもあって、きれいに組み合わさるとすごい達成感でした。今思うと小学生であの絵を描いていた友達は本当に絵が好きで上手だったんだなと思います。
こんな目はどう?とかこんな髪飾りはどう?とパーツの種類を提案するのも楽しかったです。流行りの髪型を加えたり、組み合わせて出来上がった顔に色を塗ったりもしました。雨の日などの外で遊べない日は特に盛り上がりました。
女の子同士で遊ぶ目的の遊びに時々男の子が混じって女の子の顔を作るのも面白かったです。●●君チョー美人!とか言って遊びました。
自分の学校、自分のクラスだけで流行った遊びかと思っていたのですが、大学でほかの地域の小学生でもやっていたと聞いて、全国区の遊びだったんだ!と感動しました。どのくらいの地域、どの辺りの年代で流行っていた遊びなのか気になります。今の子達もしていたら感動です。

キューピットさま

 

こっくりさんという霊を呼ぶ遊びがありますよね。それによく似た遊びなのか、占いのようなものでキューピット様というものが、女の子たちの間で流行りました。
白い紙に大きなハートの形をかいて、その中にアルファベット26文字と、ゼロから9までの数字を書きます。あと、YESとNoも書いたと思います。こっくりさんと同じように10円玉にみんなで人差し指を乗せて「キューピット様、キューピット様、どうか質問にお答えください。」というと、あら不思議、

 

10円玉がすぅーっとYESの方に動くのです。で、「○○くんの好きな人は誰ですか?イニシャルでお答えください」と訊ねると、また10円玉がすぅーっと動きました。

そんな恋占いまがいなことをして遊んでいましたね。途中で指を離すと恋が実らなくなるとか、呪われるとか不気味な噂もありました。私も指を離してしまったことがあって、呪われるのではないかと怖くてビクビクしていた覚えがあります。

今、考えてもどうして動いたのか不思議です。本当に自然に動いたんですよ。それとも、他の誰かが動かしていたのかな。
あとは10円玉ではなくて、5円玉に糸を吊るして同じようにキューピット様を呼びつけるという方法もありました。その時も5円玉が勝手にゆらゆら揺れるんですよね。
あまり、女の子たちが熱心に占っているので、キューピット様を禁止するクラスがあったほどです。ちょっぴりオカルト的な遊びでした。

酒蓋集め

 

私が小学生の頃、一升瓶の酒蓋を集めることが流行っていました。
それが、なぜ流行っていたのかは未だに謎なのですが、ゴミの日にカゴの中にたくさんの一升瓶が出されていました。
最近は、そんな光景はあまり目にしませんが…。
ゴミの日といっても、もちろん缶や瓶を出す日です。
通学路には、何箇所かゴミの集積所があります。
特に、大通り沿いのカゴにはたくさんの一升瓶がだされていました。
その一升瓶の蓋のみをとって集めます。
一緒の種類のものを集めるのはだめなので、お友達と競い合っていたような気がします。
蓋を持って帰り、それを洗って収集します。
だからといって、それを何かに使うわけでも何かで遊ぶわけでも全くないので、今考えても謎の流行りだったなぁと。
もし今の小学生の間で、それが流行っていたらきっと注意されるのではないかな?と思います。
決して綺麗なものではないし、触るのは正直お酒がついたものなので、きっとだめでしょうね。
よく一緒に帰宅していた男の子と女の子、3人で集めていました。
近所だったので、通学路が一緒でした。
なので、いつもその子達と一緒に遊んだりしていました。
酒蓋集めのおかげで、何となくですがお酒の種類に詳しくなったような気もします。
今思えばです。
お友達と集めた酒蓋を種類を見せあいっこしたりしたことが、とても懐かしいですね。
本当に、不思議な流行りだったのですが、その時はとても楽しかったな。
でも、あまりオススメしない遊びですね。

牛乳瓶のキャップでのめんこ遊び

 

90年代、流行ったものの一つが、牛乳瓶のキャップのめんこ遊びです。
私の学校では男子だけでなく女子も大半がしていたように思います。
メインは、給食にでる牛乳瓶のふたで、お互いのキャップを置いて、手の平で床をポンっと叩いて、キャップがめくれたら、その分がもらえるといった遊びだったと思います。
コーヒー牛乳やフルーツ牛乳、森永カルダスといった数種類のレアなものを集めて楽しむもよし。
純粋に勝負を楽しんでもよし。
自分の欲しいものを得るために、勝負用のなるべく平で、硬くて丈夫な勝てるものを集めたりもしましたね。確か、端っこがめくれているものは、手でたたいた際に簡単にめくれてしまうので、手で開けたものではなく、針で刺してふたをめくる、専用のふた開けで開けたものが強かったり。
時には欲しいものに対して1枚対10枚のように交換したことも。小学生の当時から交渉術を学んでいたんですね(笑)キャップを集めるために、牛乳屋さんを何軒も自転車で回ったこともあります。
また、勝負も手でたたくだけなので力の差もさほどないので、女子の私も男子と同様必死になって競っていました。

それもいつしか給食の牛乳がパックに代わってしまい、瓶の牛乳が消えた頃からなのか、単に飽きたのか知らないうちに、その遊びも忘れ去ってしまいました。最初から給食の牛乳はパックになった世代には、まったく知られていない遊びとなっているのでしょうね。

ゲームウォッチ

 

「任天堂が発売した、携帯用液晶ゲーム機」
今からしたら、白黒の棒人間のようなものが、左右にしか動かなくて、上から落ちてくる球を拾ったりするだけのゲームだから、すぐに飽きてしまうかもしれません。
でも、私が小さな時は、テレビゲームもないし、携帯なんてあるわけがない。
ボードゲームをやっていた子供たちには、機械で遊ぶゲームなんて夢のようで、しかもコンパクトで持ち運びができるから、憧れでした。
ゲームウォッチが欲しくて欲しくて、親にお願いして、ようやく手に入れた時はとても嬉しかったです。
今みたいに、1つの機械に色んなゲームが入るわけではないので、1つの機械でできるのは1種類だけ。
ゲームだって、段階が3つくらいでしょうか?どんどん動きが早くなる程度。
それでもみんな夢中になって遊んでいました。
ゲームウォッチのボタンが取れそうになるまで使いました。
すぐにクリアできるから、ゲームを何時間もするということはなかったですが、それでも楽しくて、毎日遊んでいました。
ゲームの種類によって、いくつかゲームウォッチが出ていたんだと思います。
何個かのゲームウォッチをもっていました。
手軽さが良かったのか、持ち歩くにも薄くて軽いので気軽に持ち出していました。
DSやスイッチなどにくらべ、軽いしかさばらない??
これくらいのゲームのが、今思えばいいのかも。夢中になりすぎず、でも時間つぶしになる。
昔は良かったと、おもちゃ1つとっても思います。